モブ猫日記

趣味・独り言・壁打ち用

死ぬまでにやりたいこと

人生というものに対して考える時間が増え、ふと、死ぬまでにやりたいことを考えてみた。

まず猫。
私は猫の動画を観たり、猫を触るのが好きだ。
とても自由気ままな生き物で、経済的に余裕があるわけではないから飼うのはとても気が引けていた。
それでも抗いがたい愛くるしさと魅力がある。
その為には広い家が必要なので、必然的に大きな家に住むこともやりたい事の一つに含まれる。
賃貸は気が楽だが、猫を飼えないところが多く退去費用もかかる。
だから自分だけの家が欲しいと思った。
そしていつか、フリーランスとして働いてみたい。
会社で働いてみてわかったことだが、私は人に時間や行動を制限されることがひどく苦手だ。
そしてどんなに頑張っても誰にも評価されないことも。
とても虚しいので、時間や仕事も自分で調節したいと思った。
本やアニメを観るのが好きなので、作る側になりたい。
年齢的に厳しく、とても長い道程だが、いつか挑戦してみたい。
これもまだ今の情勢下ではわからないが、色んな国へ行ってみたい。
ヨーロッパ、アフリカ、アジア、北米、南米、南極。
いつでも何処でも行ける時代になったのに、何処にも行けず一生を終えるのは、凄く勿体ないと思っている。

もともとそんなに欲がないほうだったが、死を身近に感じる機会が増え、意外と沢山出てきた。
今まではやりたい事を我慢して、お金を稼ぐために生きるのが当たり前だった。
でもそれが苦痛で苦痛で仕方なかった。
どうせ死ぬなら、自分のやりたいことをやって死にたい。
もっと早く気づきたかった。

自然な生き方

ワクチン。
今とっても問題になっている。
記憶が正しければ、義務化されているワクチン以外打ったことがない。
親が、元々子どもに関心が薄いのか反ワクチン主義者なのかは知らないが、インフルエンザにかかっても病院へは行かせてもらえなかった。
その度にしんどい思いをした。
でも、それが本来人間にとって自然な生き方なのかなと思う。
死に抗うことは良いことだけれど、周りの人間に迷惑をかけてまで生きたいとは思わない。
死ねと言われて死にはしないけれど。
死に対して恐怖感が薄いのかもしれない。
ワクチンを打たない人の中には、同じ死生観を持っている人が多いのかもしれない。

だからこそ、悪戯に人の命を奪うのは許せない。自然な死に方さえ選べない。
前に言ったいじめもそうだが、死しか選べないようにする、無理矢理命を伸ばそうとするやり方は如何なものかと思う。

この世界にはいろんな人間がいる。
ワクチンを打ってでも生き延びたい人。
明日死んでもいいから遊びたい人。
自然な死に方、生き方を好む人。

どちらも批判できない。
自分の人生だから、自分だけのものだ。
それを他人に滅茶苦茶にされるのが、只々許せない。

だからこんなに、いま世界中で起きている死に対して納得がいかないのかもしれない。

再び体調不良

また、頭が痛い。
まるで溺れたときのように、呼吸ができない。肺が圧迫される。喉からずっと、ポカリのような甘くて変な味がする。

死は突然やってくる。
抗おうとするけれど、そういう運命なのだろうなと受け入れている自分もいる。
いつも、何をやってもうまくいかない。
何度も死にかけた。そんな人生だから、今生きていることが奇跡みたいなものだ。
神様がもう頑張らなくてもいいよ、と言っているのかもしれない。
長らく家族にも友人にも会っていないし、誰も悲しんでくれる人なんかいない。
そういうふうに、生きてきた。
大切なものはどうせいなくなるから。

願わくば世界一周旅行がしたかった。
古代遺跡や、この世界のありとあらゆる謎をこの目で見て解明したかった。
だけど人間の短い生では無理なようだ。
生まれ変わったら今度は宇宙や空を自由に動き回れるような物質がいい。狭い箱の中に閉じ込められて、好きでもないことを延々とやらされる人生はもうまっぴらだ。

私が死に抵抗しなくなった時は、この世界に何も期待しなくなったときだと思う。

旭川のいじめ事件

大人になった今でもいじめられた頃の記憶は消せないし、ふとしたきっかけでフラッシュバックする。

旭川のいじめ事件。
ちょうど彼女と同年代の頃に私もいじめに遭った。
同級生のちょっとした嫌がらせ、陰口。
多感な時期だから、悪ふざけだと思うようにしていた。自分に問題があるせいだ、と思い込んでいた。
でもやっぱりあれはいじめだったんだと再確認した。
自分は運良く周りに助けられ生き延びられたけれど、大人になった今でも理不尽ないじめに遭う。
頑張って生きても、現実にいじめはなくならない。
トラウマもなくならない。
本人が死なない限り、法律で裁けないからだ。
死んでからじゃ遅いのに。

いつまでたってもこの世界が変わらないことに絶望する。
いじめられた人間が死に、いじめた人間が生きているからだ。
そういう人間とこれからも同じ世界で生きていかなきゃならないと思うとゾッとする。

私は被害者の気持ちが理解できる人間でよかったと心から思った。
そうでなければ、知らず識らずのうちに人を傷つけ人殺しとして生きることになっていたかもしれない。
どちらも背負ってしまうから、そうする力がある人間は被害者も加害者もいなくなるよう尽力してほしいと思う。

なぜ人は争いをやめないのか

考えてみた。
私はあまり争いを好まない。誰だってそうだ。そんな面倒くさいことに、体力を使いたくない。しかし世の中にはそうじゃない人間がいる。自分より弱い人間をいじめ、人の命を奪ってでも自分の思い通りにしたい人間がいる。
そんな人間と思考を同じにすることは出来ない。だから関わらない。だけど社会はそれを許してはくれない。
国際化だなんだと言って、泥棒や殺人犯を家に招き入れる。
法で律しない限り、死ぬまでそいつらと同じ家で過ごさなければいけない地獄と恐怖が待っている。


ジェノサイド。
あれほど凄惨な戦争を経ても未だに、ウイルスや兵器で子どもが死んでいる。
奪われたら奪えばいい。やられたらやり返せ。
少数の愚かな人間のせいで関係のない大勢の人達が犠牲になる。
自分たちの行為を報復だ、教育だとぬかして正当化するニュース。うんざりだ。
そして日本でも、少数の人間の采配によって多数の人間の命が失われている。
もう他人事ではないと悟る。

善良な人間を殺すウイルスなら、人殺しも平等に殺してくれることを願う。

嫌な音楽

世の中が嫌な音で溢れている。
例えば雨。一日中窓と地面を叩く音がして陰鬱な気分になる。アパートの壁が薄すぎて滅茶苦茶うるさい。隣の部屋の人もうるさい。
あとニュース。毎日感染者と死者と誰かを貶めるような報道をする。同じことの繰り返しでうんざりする。数字じゃなくて解決策を流してくれと思う。
街中で聞こえる外国語。変異株がどんどん国内に入ってきて、若い人が死んでいるらしい。それでも入国してくる外国人は毎日いる。

私の知らない世界で毎日誰かしらが死んでいる。顔も見えない誰か。本当に存在しているのか疑わしく思えてくるほど現実味がない。
確認しようがないから、誰も証明できない。
全部ウソかもしれないし、本当かもしれない。

だからこんなに耳障りなのかもしれない。

コロナ無症状の人はどうすればいいんだろう

わりかし今、自分はコロナなんじゃないかと思っている。

眠気がひどい。一日中だるい。集中力が続かない。たまに左胸の痛みと頭痛と37度の熱が出る。あと下痢。
お店でピッてスキャンして計る体温計だと平熱なのに、家のやつだと全然違う数値が出る。
ちなみに家のは病院で貰ったやつなのでこっちが正確だと思う。
スキャン型のは正確に測れてるのか…?今お店に設置されてる殆どの体温計がスキャン型のだけど、まさか空港検疫もそれでやってないよな…とふと気になった。

それはさておき。
決定的な高熱が続かない限り検査できないのでどうしようもないんだよな…と途方に暮れている。同じような人結構いるんじゃないか?
どうやって検査するんだろう?
薬局の検査キット高いから買うのやだなー。
これ書いてるときもめっちゃ頭が痛い。

ちょうど引っ越しの物件を探してて、確認のため大島てるのサイトを覗いたら結構人が死んでてビビる。
孤独死した人たちっておそらくPCR検査してないよな…元気な人でも無症状だったら引越し先も安全と言えないのでは…と思った。
軽症のうちにちゃんと検査してアビガンやらイベルメクチンやら薬を処方してくれたら死なずに済んだ人もいたかもしれないのに。

世の中、なんかうまく噛み合ってない気がする。
いい家見つかるといいなー。